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第43回ISFセミナー 
啓蒙や実践を通して取り組むウェルネス

 くっく靴店(愛知・知多市)チーフ・NPO法人 WISH理事長 永井 恵子氏

 くっく靴店は知多半島のローカルエリアにある、ごく普通の路面店です。店舗面積は約100坪、駐車場は約300坪の規模で、商圏は実質的には約7万人。外観はウォーキングをイメージしていますが、店内はフルラインで扱っています。
ただ、10年以上前から計測器や計測のスペースは増やしています。当初は大人対象にはじめたのですが、子供向けを強化しました。子供の足に興味を持つうち自然にこうなりまして、商品も幅広くそろえています。
 子供の靴をあわせるときに彼らの足を頻繁に見ると、舟状骨(しゅうじょうこつ)が落ちていて外反扁平になっていたり、踵骨(しょうこつ)が外反していたり、外反母趾になっている子たちがいる。第4指、5指が変形している場合もある。こういう子供たちがすごく多いわけです。
 どうしたらいいかなと考え、勉強しているうちにフットプリントという方法があるということに気づいて、12〜13年前から子供たちの足型を採りはじめました。現在その累計は3万枚ほど。こうして採り続けているうちに、子供たちは両手を離してひとりで歩けるようになった時の、最初の靴選びから大切だと考えました。
そこに気づいてから、お子さんの靴選びをお考えのお母さんたちに、靴はどうして必要なのか、なぜサイズを測るのか、どうしてその靴が必要なのか、という説明を繰り返し繰り返しお話ししながら販売するよう心がけました。5000円くらいの靴を売るために30分をかけてでも説明を繰り返していたんです。そして真剣に対処していただける方もどんどん増えてきた。
友達からは「大人靴の1万円、2万円を売ったほうが楽じゃない?」といわれることもありましたが、長い目でみるとそうでもないんですね。子供が1年間に2足、3足とリピーターになってくれると固定客になるわけです。最終でトータルするとけっこういいお客さんになってくる。中学生になっても来てくださる生徒さんや、社会人になって東京に就職しても帰郷時には計測に来てくださる方など、かつて小さな子供さんだった方々とのおつきあいが続いているところもあるんですよ。
こうした業務を通じて「土踏まずができなかったり、踵骨が外反したりするのはなぜだろう?」といろいろ推測してみたときに、自分なりに考えたポイントを挙げてみます。

●足のサイズを測ったことがない
●フィッティングの間違い
●靴の機能を知らないため脱ぎはきの簡単なものを選んでしまう
●靴の踵にあわせてつま先に捨て寸をとらない
●甲では締め具をしっかり留めない
●おしゃれな靴にとらわれ機能のある靴を選べない

 まず靴選びにさいしてきちんと足のサイズを測ったことがないということと、フィッティングの間違いということがあります。大人たちが知っている常識がじつはまったく非常識なことだという認識がなく、本当のことを知っている方々が非常に少ないということですね。
 それから靴の機能に関する知識不足。靴というモノがどういうふうに足に働きかけるかをよく知らないために、ただ脱ぎはきが簡単にできればいいという単純な発想から靴を買ってしまう。またヒモや面ファスナーを無視していたりと、靴自体はいいモノでも、その靴がもつ本来の機能を役に立ててないというケースもあります。
 また、靴をトレンドアイテムのひとつというだけで捉えられてしまうと、体を支える大切なモノであるという認識が欠如しがち。そうした認識が希薄に考えられがちでした。

 子供たちの足や健康に関して見過ごせない問題があるために、私は近くの保育園、子育て支援さん、市役所などに「靴のはき方講習会をやらせてください」と働きかけてきました。ところが一個人、いち靴屋では誰も相手にしてくれないのですね。
「靴屋さんが靴をセールスしに来たのかな」と捉えられてしまい、門前払いの状態が続きました。めげずに2〜3年ほど働きかけているうちに「なんとかしたいね」と同調してくださる人たちが出てきて、「NPO法人っていうのがあるので作らない?」という話が浮上したわけです。
「また靴を売りに来たな」と思われるといけないので、いろんな方面から子供たちをサポートでき、考えることができる人を集めました。整形外科医や運動療法士の先生、保育士さん、シューフィッターの方々にも加わっていただきました。それで5年前に起ち上げたのがNPO法人WISHです。概要や活動内容は次のようになります。

 NPO法人WISH
●計測、啓発活動を続ける
●神戸の「子供の足を考える」会との連携で上ばきの改良と製品の普及に協力する
●専門講師を招き、勉強会を開き各従事者のスキルアップを図る
●子供の足に関わる活動を地道に継続
●メーカー、小売店、賛助していただける方々が会員


 啓蒙や啓発活動、計測活動などを実践しつつ、一方で活動の趣旨に賛同いただいているメーカーさんや靴屋さんに年会費をいただくことで今までやってきました。具体的な活動内容は、まず専門講師を招いての勉強会があります。啓蒙活動のために地域の子育て支援センターなどで、子供の足に関わる活動もしています。
1ヵ所行くと口コミで「あの話がすごく良かったので、うちの子育て支援でもやってほしい」という引き合いがあり、それが連鎖して今では年に16回くらい、ファーストシューズの選び方などのレクチャーをさせていただけるようになりました。また子供の足の計測会を交えた講演や、メーカーさん協賛でうちの店内で開催する親子の歩き方教室なども行っており、参加された方々からも好評を得ているところです。
 歯磨きの習慣なら赤ちゃんに歯が一本生えただけでも、親は必死になって歯を磨くような習慣癖がついていますね。でも子供の靴のはかせ方についてはおそろかになってしまってます。どんな靴をはかせるか、どうやってはかせるか、買い換え時期はいつなのか、といったことがまったくわからない人が多い。このあたりのレクチャーをさせていただくと皆さん「とても勉強になった」と言ってくださるんです。おかげでNPO法人として継続的な活動ができるようになりました。

 こうした活動を続ける一方で、ひとつ大きな問題として浮上したことがあります。一生懸命子供の足を測り、年に2〜3回ほどの計測で的確な靴やそのはき方を提案しているにもかかわらず、3年生か4年生になって突然外反母趾になってしまうお子さんが出てくるのです。「ひょっとしてこれは子供たちの生活の中で“上ばき”が大きく関与してるのでは?」という疑念が数年前から頭に浮かび始めたのです。
 そこで神戸の「子供の足を考える会」に参加させてもらって、会の人たちと話し合い、子供の足のことを考えた上ばきを4年間かけて試作しました。モールドもラストから作り直し、ラストには25年間の計測活動の数値をもとにしてあります。これはNHKでもニュースで放送してくださいました。
 学校靴でいちばん問題になるのは暗黙のうちの指定靴になっていることで、それがベストのものであれば文句はありませんが、50年間リニューアルされず改善が1回もなされていないのです。
 いま、靴もウェルネスをキーワードにした時代を迎え始めています。
これまで靴というものはファッションであり、ブランドであり、価格をウリにしてきました。ウェルネスの時代では健康のため、健康を維持を図るために、靴というモノもデザインやブランドだけを売り物にするのではなく、自分にとって必要な要素や機能があることを啓蒙してゆく必要があります。靴の本質的な意味をしっかりメーカーと小売店が学び、消費者に対して啓発していかないと、いつまでも変わらない、ということですね。
 一方、消費者のほうが賢くなりつつある部分もありますね。靴屋はこれからのウェルネスの時代にあった営業をしてゆかないと、消費者との間に溝ができ、子供たちの成長にも寄与できません。じつはとても子供たちの健康にとっても意義がある、重大な役目を負った仕事ではないかと確信していただきたいですね。
子供の運動靴を売るときには、以下の内容をしっかり説明していただきたいと思います。


靴の指導
●靴底がしっかり堅く、MP間接の部分で曲がりやすいもの
●月型芯から内側カウンターにかけて堅く、踵の外反を止められるもの
●サイズ、特に足幅があっているもの(広すぎないこと)
●紐やマジックテープで、中足部を締められるもの
●靴ははいたら踵にトントンして靴と足先に余裕があること
●靴をはく時は、必ず紐やマジックテープをいったんはずし、はいた後にしめ直す
●靴の踵を踏まない
●足のサイズは定期的に測り、靴のサイズが合っているか注意する

 私たち靴屋は、今後も継続して繰り返しやってゆくことが求められてきます。ウェルネスといっても、単純に販売している靴がウェルネスというではなく、私達自身がウェルネスの方向性にかなった知識をきちんと身につけ、提案できること。そういう販売、接客の仕方に変えてゆかないと本当のウェルネスではないと思うからです。ですから啓発活動やそのための知識は、私達自身にますます要求されることだろうと確信しています。

メーカーと販売店に求められる今後
●靴の歴史の浅い日本において正しい靴の知識を得て販売に役立てる
●世界の中でも玄関があり履物を脱ぎはきする回数の多い私たちの生活、着脱の問題も考慮した指導が必要である
●予防という面から、足からの健康に関与する靴の製造、消費者の用い方(はき方)について啓発の必要がある