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ISFセミナー採録/「足のトラブルとフットケア」
靴の持つ力を引き出し、足を治療する

 講師  塩之谷整形外科(日本靴医学会評議員) 塩之谷 香氏

靴屋、義肢装具師とともに足を改善

 靴の仕事をはじめて15年くらいになります。いろいろな患者さんの足を見て感じるのは「靴のもつ力はすごい」ということです。間違った靴選びをすると、逆に足を痛めてしまう。誤ったはき方で足を痛めた方が当院に毎日のように来られます。足のトラブルの要因には「もって生まれた素因」「外傷」「老化現象」「疾病」「スポーツ」「靴によるトラブル」などがあげられます。当院での治療内容をご説明します。

靴の外来では、次の手順になります。
1回目・・・X線などの検査、診断、フットプリントの採取 
2回目・・・靴の試しばき、調整内容指示(予約制でフットプリントにもとづいて、靴屋さんが靴を持ってきた靴を試しばきして調整を相談) 
3回目・・・靴、インソールフィッティング、必要に応じX線影(できあがったインソールを入れた靴、完工した靴などをはいてもらい、レントゲン撮影して結果をみる)

 患者さんのはいている靴は情報の宝庫です。ですから診察のときは、いつもはいている靴をもってきてもらいます。はき癖、サイズの不適合、形などがどうなっているかをチェックすることが重要です。当院の特徴は、患者さんに対して、医師と義肢装具士、靴業者の連携によるシステムをとっていることです。試行錯誤の末につくり上げたものなのですが、3者が一致した協力体制が必須です。

 一般の病院では、お医者さんが病院に来ている義肢装具士にまかせしてしまう。ですから患者さんにフッティングにしても、状態をよく見られる状況ではないわけです。靴をはいて歩くときには、たとえば制作した中敷きや足底、靴が足に一体化するようにしないと悪いところが改善しません。靴業者が介在して、靴をきちんと合わせることをしないと、歩けないような代物を健康保険を使って買わせられることになります。


 私どもの靴外来には義肢装具士も同席していますし、改善までの過程に靴屋さんも絡んできます。一例をあげれば、フットプリントをとって足の型をとり、まず足の形にあったインソールをつくる、さらに靴屋さんの工房で加工をして理想の足型に近づけ、足底板をつくっていきます。こうしてできたものを中敷きが外せる靴に入れ替えて使うわけです。

 これで足の裏にタコができて歩くのが苦痛だったという人も直ってきます。タコ自身を削ったり、薬を使ったということはありません。はいている靴を替えただけで治ります。こういう例はひじょうに多くて、痛みがとれたというだけでなく、「痛くて歩けなかったという人が歩けるようになった」ということがあるわけです。ここに靴のもつ力を感じさせられるわけです。このシステムがうまく回っているおかげで、靴外来が15年間続けて来られました。蓄積した患者さんのデータは約6500人になります。

形状記憶ワイヤーで簡単に巻き爪を治療

 爪のトラブルを抱えている患者さんが多いです。当院でも一日に50人以上の患者さんが来ます。靴のサイズやはき方のチェックは、目を向けるべきことだと思います。女性は自身の足より小さい靴、男性は大きすぎる靴を選ぶことが多いようです。

 女性の場合「先が細身など窮屈さを覚える靴で足が痛むなら、そういう靴をはかなければいいのに」と思うのですが、痛みを我慢しているうちに爪がはがれてしまう。いったんはがれた爪を生やすことは非常に難しい。男性で多いのは先があたらないように大きめの靴をはくというパターンで、5pも大きめという患者さんもいるくらい。蹴り出しがうまくできないので、痛めた爪の治りも遅くなります。

 爪のトラブルで来られる方の多くは、巻き爪がひどい状況に陥っているというパターンです。爪が巻いてしまう方は、おおよそ次のような環境にあります。
寝たきりの人・歩けない人/手や足のケガをした人/つけ爪、爪を長く延ばしている人/手指・足趾に痛みがある人などです。
 きちんと歩くことができない、あるいは足に力を入れられない状況になっている、ということです。ケガをして足を浮かせているとか、寝たきりになっている、あるいは何らかの理由で地面を踏みしめることができない。こういう方々の爪が巻いてくることになります。陥入爪などは、とくに指の肉に爪が食い込んで痛そうです。それが日常生活や仕事に支障をきたしているという例も少なくありません。

 爪は小さい部分でもあるので、治療に関してはわりと簡単に思われているところがあります。私の治療方針は「爪を本来の形態に戻すこと」が主眼。「巻いているモノ」は平らに、「炎症は治して」「欠けているところはジェルなどで直す」という方法をとっています。

 ここでは、形状記憶合金ワイヤー(マチワイヤ)を使った「ワイヤー治療」を行います。麻酔も不要なとても簡単なのも、特徴のひとつです。この治療法のポイントは「形状記憶ワイヤーを通して、まっすぐになろうとする力を活かす」こと。だんだん爪が平らになってくるというしくみです。陥入爪や、やっとこ爪のように「爪が食い込んで痛い」という方には、「ワイヤーを入れた時点ですぐさま痛みが止まる」というメリットもあります。締めつける力がなくなるためです。

 ほかの病院で、爪が治療のために切られた状態の人が来ることも多いのですが、その場合はある程度爪のカタチを整える工夫をとりながら治療しています。切られたところをネイルアートの手法で補ってあげるわけです。女性の方はご存じだと思いますが、紫外線で固まるジェルを使うのです。なるべくきれいに治してあげたいと考えているからです。

  外反母趾も爪が巻く原因になります。親指にねじれが入るので、親指をきちんと踏むことができなくなるわけです。外反母趾に対しては、誤った常識や先入観をもたれている方がけっこういます。例えば、若い女性がなる、ハイヒールをはかない人はならない、男性はならない、子供はならない、下駄や草履をはくとよい、幅の広い靴をはくとよい、などです。これらは誤った認識です。草履しかはかないような料亭の女将さんでもなりますし、男性や1歳でもなる方はいます。

悪化要因は、足の横幅が広がってしまう開張足によってアーチが落ちてきていることにあるからです。健康な足の親指は、付け根にある中足骨(ちゅうそくこつ)とその先の基節骨(きせつこつ)とがほぼまっすぐな状態にありますが、開張足になると、中足骨が体の内側を向き、基節骨は体の外側に曲がっていきます。親指の付け根が出っ張っているように見えるのはこのためです。

なぜ手のひらを広げたときのように中足骨と基節骨がまっすぐに広がらないかといえば、足の親指の基節骨の根元のあたりに、ほかの4本の指とを結んで土踏まずを構成している筋肉があるからです。これが頑張ってしまうので、親指が身体の外側にねじれ、曲がってしまうわけです。外反母趾をよくするためには、開張を抑制する必要があります。きちんとした中敷きを入れ、開張を抑制する足底板入りの処方靴をはくことで改善します。

足に合った靴をはいていない子供たち

 子供靴を見ていて「恐ろしい」と感じることがたくさんあります。はき方がほんとうにまずいことが多いのです。ゆるいままでバスケットをやっていたり、踵を踏みながらはいていたり、サイズが大きかったり。陸上をやっている子が厚底靴で部活にはげんでいて、指の骨が疲労骨折を起こしている例もありました。運動をしないまでも、紐靴ではくときは強引に足をつっこむだけ、足が15pの兄用だった靴を12pの弟さんがお下がりではいていた、というケースも数え切れないくらいあります。ちゃんとした靴をはいている子がほとんどいないくらいです。

 多いのは、夏休みなどの期間中にクロックタイプのサンダルのみで過ごす、というパターンで、通園・園庭遊びでも使っている例もあります。子どもの足のことを考えたら「運動するのなら運動用の靴をはこうよ」とお母さんにいいたくなることがあります。
 また、靴の品質にも疑問を感じることがあります。足の問題は靴底のすり減りが関わってくる場合もあり、外反拇指の子ではき方の問題からひと月で靴が傾いてしまうという事例もありました。「すり減った靴をはかないで」と強く呼びかけたいところです。

 靴を選ぶときは、正しい「はき方」「サイズ」「靴の選択」「品質」「すり減り」などの項目をチェックしてください。とくに靴のサイズ表記は、そのまま信用しないこと。メーカーによってバラツキがあるので、必ず足に合うかどうかをチェックされることをおすすめします。
 ドイツでの子供たちはきちんとした靴をはいています。正しいはき方を幼稚園で指導するそうです。自分の足に合った靴を選び、間違いのないフィッティングができるように習慣づけています。足の問題は足だけで終わらず、人の健康や命にも関わってくる大事なこと。こういう意識が、社会全体に浸透しているわけです。日本でも、もっと靴に関心を寄せてほしいと思います。

 「靴医学」という言葉があり、私は「靴医学会」という学会の評議員を務めています。靴医学では、「はく物によって症状を改善できないか」という研究がすすんでおり、日本靴医学会では、靴メーカーと医学者が共同研究できる雰囲気づくりに力を注いでいます。興味のある方は、日本靴医学会のホームページなどを見ていただければと思います。