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 差別化された市場をつくるために ガイドラインの制定を


産業総合研究所・デジタルヒューマン工学研究センターセンター長
持丸正明氏
 日本皮革産業連合会(皮産連、東京・台東区)は、産業技術総合研究所(産総研)に委託して「足入れのよい健康革靴プロジェクト」を推進している。10月4日、その報告会が行われた。講師は産総研・デジタルヒューマン工学研究センターの持丸正明センター長。人間工学的な観点から、どのようにプロジェクトが進行されていったのかが報告されるとともに、靴が完成したのち、普及させていくためのシステムづくりについても話が及んだ。

日本製革靴の品質を担保し国内外で販売するために

「足入れがよい健康革靴」とはどのようなものを指すのでしょうか。それは、最初にはいたときのフィット感がよく、店頭で売れるもの、長くはいてもフィット感が損なわれず、リピーターづくりに役立つもの、足にトラブルを起こさないものです。また、特定個人に合う靴ではなく、集団に対して一定以上の適合性を示す靴でなくてはなりません。

ゴールは、全体としてのフィット感をレベルアップさせることであり、「日本製革靴において、『フィット感がよく、足にトラブルを起こさない』という品質を担保し、ブランドを形成し、国内外で販売していく」ことにほかなりません。もちろんそのためには、スタイリッシュでなくてはならず、デザインのための許容域が不可欠となります。

 研究を始めたときに私の頭の中にあったガイドラインというのは、木型をつくり、足のサイズがこのくらいだったら幅はこのくらいだろう、と思っていました。今でもその部分は変わっていないのですが、もう少し包括的なガイドラインをつくろうと考えています。木型だけでなく、どうやって設計してつくりこんでいくか、お客さまにそれを説明するまでを含めた枠組みだとご理解ください。

ガイドラインは一つの合意です。メーカー・流通・消費者の合意に基づいて生産され、消費者が購入する。よい例が特定保健用食品(特保)です。科学的に体にいいことが生産者・研究者・消費者の間で合意されていて、マークがついているものを多少高くても購入する。第三者認証機関があって、こういうものをみなさんがつくったら認証してくれることになっています。これは差別化できる一つのマーケットなのです。この点は後でもう少し詳しくお話しします。


足と靴のボール部分を一致させてはき心地を確かめる

 ガイドラインを定めるためには、足入れを科学的に検証する必要があります。足は観測することができます。大きさとか筋肉の形状とかは測定できますが、お客さまの足を治すことはできませんから、制御はできません。

ここに木型がありますが、これは削ることができますし、測ることができますから、観測はでき、制御は可能です。靴の素材やデザインも観測ができ、制御は可能です。
しかし、はき心地を決めるのは脳です。最終的に認知評価機能によって評価される。このように、図1でいうところの□で囲んだところは観測が可能なところで、それ以外のところを何とかしようというのが目標です。

 足からどう木型をつくるか、木型からどう靴をつくるかについて、方法論があるはずです。こうして足と靴、足と木型の関係を調べていきました。靴の世界的な研究を見ますと、靴型の前半分は主にスタイル、デザインを形成する部分であり、後ろのアーチ部分からヒール部分がフィッティングを重視する部分であるとされています。そこで我々もボール部(足の第一趾が折れ曲がる位置)、アーチ部、ヒール部のあたりを中心に研究することにしました。

靴はヒール6pの女性用のパンプスとメンズの通勤用シューズを研究しています。男性はヒモ靴ですから、かなり調整可能になっています。木型をゼロからコンピュータの中でつくることはできません。そこでベースになる木型を決めてどこかを修正、はき心地をチェックすることにしました。長く売れている市販靴とその木型を借りてきて、どれがベターか調べました。エナメルのものもあれば、革のものもあるし、デザインもいろいろです。

自称23cmの女性60人くらいを集め、靴をはいてもらって、靴のボール部分に穴をあけておいて、骨格のその部分がどれだけずれているのか測定しました。そして最終的に2社から提供を受けたA・B・C・D4タイプのなかで、はき心地がどうであったかを調べました。A・Bはかなり拮抗していたのですが、最終的にサイズのバリエーションがあるということでBを選びました。こうして、ベースの靴型が決まったのです。

 足のボール部分と靴のそれを比べるとずれていることがデータとして出ましたので、初年度はこれらを合わせる木型修正を試みてみようと提案し、やってみることにしました。少し神経質に、顧客集団の平均的な角度に合うように修正しました。実験室での試しばき試験もしました。モーションキャプチャーという機械で動きを測ると、足に対して重心がどう抜けていくかわかります。靴のなかには圧力センサーシートを入れて、歩いたときのかかとやつま先にかかる圧力のデータを取りました。

 今後、ボール部の修正としては10〜12月に100人規模で店舗にて試しばき試験をすること、また、12月から2ヵ月間、修正しない靴とした靴と交代で試しばき実験をするなどのことを考えています。その後、アーチ部、ヒール部の計測や革素材、パターンの影響も計測・実験して、ようやくプロセスガイドラインの策定になるわけです。

プロセスガイドラインを設定するにはどうしたらいいか

 さて、後半では「足入れのよい革靴設計ガイドライン」についてお話したいと思います。
さきほど、特保のようなマーケットをつくるのが一つの目標だと申しあげました。ここで「プロセスガイドライン」という耳慣れない言葉が出てきましたが、これが提案したいと思っていることです。特保はある実験をしてその実験に効果があるということですが、では何を飲んだらどれだけダイエットできなければいけないというような構造や性能のレギュレーションが決まっているわけではなく、きちんと科学的に証明されることという手続きが決まっているのです。

そこで靴の設計・生産・販売プロセスのなかに「ここはしっかりやらなければ」というキーポイントがあるのではないかと考えています。それらを踏まえ、何らかの方法で確認するような第三者機関が存在し、しっかりやっている会社とそうでない会社を差別化しようというのがプロセスガイドラインの考え方です。ここからは靴の話ではないのですが、具体的な例を出しながら皆さんに理解していただきたいと思います。

 私は国際標準化という仕事をしております。ねじというものはISOのなかで基準が決まっております。基本的には、規制ではなく合意です。製造者と購入者は「N5」のねじはピッチがいくつでと取り決めたので、どういうねじかわからなくても買ってくれば合うようになっている。お互いに合意すれば便利です。「俺は合意していない」といっても、ちゃんと消費者代表が合意している。社会のムダなねじもなくなるわけです。

しかし靴は必ずこういう形をしていなければならないというのであれば、発展が阻害されてしまいます。そのため、性能標準を考えてみましょう。防水性能があります。これは性能評価の方法と、水の何気圧のなかに何秒間入れておけばいいかという、検査基準が決められているだけで、どんな方法論で防水してもOKで技術の発展は全く阻害されません。

しかし、それでは測れないものもあります。靴のはき心地は、個々人で違い一人ひとりに聞いて回るのは不可能です。だからできないのではなく、必要なプロセスを踏んでいれば統計的にはよくなるはずです。だとしたら、これをプロセス標準としてやることはできないでしょうかというのが提案です。


性能を保証するアイコンを作り市場を変えていく

 ISOとかJISを「デジュール標準」といいます。基本的に公的機関で認証されるので権威があります。どうやって取るかの手順も決められています。それに対して、例えば皮革産業連合会でルールを決めようというものがある。これを「フォーラム標準」といいます。フォーラムだけでルールを決めればいいだけです。デジュール標準の制定では3年くらいかかるのですが、フォーラム標準だと迅速に制定できる。そこで、皆さんと議論を重ねながら我々のプロジェクトそのものが終わるころにはガイドラインのひな型ができるようにしていきたいと思っています。フォーラムには省庁をまたがっていても関係ありません。

 今私は「キッズデザイン・ガイドライン」の制定に携わっています。これも測ることはできませんから、プロセス標準ということになります。子供の安全、保育者の健康や疲労に配慮した商品があった場合、玉石混交であれば消費者は安い商品を買ってしまい、悪貨が良貨を駆逐することになります。日本のさまざまな産業がこれにさらされており、それで性能を保証するアイコンを示すことが大切になってきます。つまり標準を設定することによって、きちんとした商品が売れるマーケットをつくり、きちんとしたモノづくりが残る社会をつくることができるのです。合意によって社会を変えていく仕掛けです。同じように、靴もはき心地が大切なのですが、つい外見や価格に左右されてしまう。ちゃんと選べる仕掛けをつくってあげれば、実は消費者もハッピーです。コストをきちんと回収できれば、日本製の靴がマーケットを取っていける。

 ガイドラインをつくるのには、いいことばかりではありません。情報をオープンにしなくてはなりません。そうしないと、消費者がなぜこのガイドラインができたのかわからないからです。そうすると「なんだ、こうすればいいのか」と中国のメーカーがどんどん製造するかもしれません。それを防ぐためにはしたたかになる必要があります。キッズデザインの場合は、当然デザインプロセスは公開されている。もうひとつは子供の事故データベースを引用しなさい、リスクチェックシートを引用しなさいというのがあります。ところがこれらは、著作物ですので知財登録されている。クローズにするところはして、日本の知財を守るのです。

 図2が、ガイドラインができるまでの全体のプロセスです。現実的な問題を踏まえて、今年度末にはひな形を作りたい。ガイドラインは進化していきます。あるクオリティーを満足させること、またきちんとしたマーケットをつくることが目標です。そして、消費者にとってもインパクトのあるものをつくり、明確な差別化につなげていきたい。我々は研究のプロですが、時として学術論文になって終わってしまいます。そうではなく、ガイドラインという形として仕掛けをしたいと思っています。


 講師略歴
1993年 慶應義塾大学大学院 生体医工学専攻 博士課程修了 博士(工学)。通商産業省工業技術院 生命工学工業技術研究所入所。2001年改組により、産業技術総合研究所・デジタルヒューマン研究ラボ、副ラボ長。2003年 同・副センター長。2010年同センター長、現在に至る。専門は人間工学、バイオメカニクス。人間機能の計測とモデル化、産業応用に関する研究に従事。2010年 財団法人ファナックFAロボット財団 論文賞、2011年 工業技術標準化事業(経済産業大臣)表彰などを受賞