今月の記事・ピックアップ 2013・3
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  矢代由美子さん  /銀座ヨシノヤ四丁目店 副店長 

お客様との距離を縮め、頼られる存在になる

靴以外の話題でも会話をする接客

 創業は1907年。100年余の歴史を誇る銀座ヨシノヤの旗艦店が、銀座四丁目の店舗だ。  
売場は4層構成で、総売場面積は186坪(実効面積は134坪)。日本を代表する観光地であり、百貨店など競合店がひしめきあうこの店でたくさんの固定客を持ち、「靴の販売業は天職」と内外から高く評価されているのが、副店長の矢代由美子さんだ。  
 同社での矢代さんの36年のキャリアは、1996年から6年間、赴任先のイタリアでインポートシューズの買い付けを手がけていた期間を除けば、ほぼ靴の販売一筋。別の店に異動になると、顧客から会社に「彼女を前の店に戻してほしい」という手紙が届いたこともあるそうだ。それほどまでに熱心なファンを持つ矢代さんの接客ポリシーは、一にも二にも顧客の話を聞くこと。  
 「お客様は話をしたがっているし、聞かれたがっていらっしゃいます。その糸口をこちらでどう見つけるか。ポイントはお客様のお顔や目を見て『いらっしゃいませ』と近い距離で声をお掛けすることですね。そのときの反応で、いま話しかけるべきなのか、少し時間を置いた方がいいのか、次のステップがわかるんです」。
 「旅行に行くので靴を探している」と客が言えば、「どちらに行かれるんですか」「どういったご旅行ですか」と尋ね、「子どもの結婚式用の靴がほしい」と言われれば、「おめでとうございます。そんなに大きいお子さんがいらっしゃるなんて」と言葉を添える矢代さん。靴の話題にとどまることなく、家族の話、趣味の話、映画や芸術の話など、自在に話題を広げていく。こうすることで、矢代さんの頭の中に客の名前や顔、好みやライフスタイルなど周辺情報が刻み込まれていくという。
 「商品やフィッティングも大事ですが、それだけではお客様を覚えることはできません。こういうお話をしたなという会話シーンの記憶があれば、以前に来ていただいたときのことが蘇ってくるんです。『横浜に引っ越したばかりで~』とおっしゃっていたお客様が再度来店してくださったときに、『横浜での生活にはもう慣れられました?』とお尋ねしたら、びっくりされただけでなく、とても喜んでいただけました」。
 自分のことを覚えてもらってうれしくない客はいない。はずむ会話には、矢代さんの頭のなかに顧客データベースを構築する役割があるのだ。  接客時に客との会話をスムーズに進めていくには、多彩な引き出しが求められる。同店には幅広い趣味と奥深い知識を持つ富裕層が多いため、矢代さんはできるだけ客の世界に近づく努力を重ねているという。
 「美味しいレストランに行き、美術展や音楽会に出向き、旅行に行ったらできるだけ良いホテルに泊まるようにしています。もちろん、自分でできることには限界がありますが(笑)、たとえば、新年のウイーンフィルのコンサートに欠かさず足を運んでいるお客様のためには、ビデオでコンサートの模様を録画しておき、今年の指揮者が誰だったのか、曲目は何だったのかをチェックしておきます。そうすると話のきっかけになる。会話が膨らんでいきますからね」。

自身ではいて、フィッティングアドバイス  

銀座ヨシノヤは、JISのサイズ改正に先駆けて、足長、足囲、足幅による独自の「足型タイプ別サイズ表示」を1982年から導入している。きめ細かなサイズ展開とフィッティング技術の高さには定評があるが、矢代さんは婦人靴の新商品はすべてに足を入れ、自らの感覚を確認している。
 「私のサイズは23cmですが、素材やデザインによってサイズ感は違います。足入れをしたからこそわかるこの実感はとても大事。朝礼でも『新商品のこの靴は、前はゆったりしているけれど、かかとはしっかりフィットします』といった具合に、スタッフの前で説明しています」。
 銀座ヨシノヤのお客は60代が中心。自分で靴を自由にセレクトできる若い客と違って、「販売員に選んでほしい」という、どちらかといえば販売員任せの客が大半を占める。「旅行向きの靴」「子どもの卒業式用の靴」といったやや抽象的なリクエストに応えていくには、自ら靴をはき、足にどう馴染み、どのように足元を演出し、どんな服に合うのかといった感覚を磨くプロセスが不可欠なのだ。
 矢代さんは、客の好みは重視しながらも、フィッティングに関するアドバイスも欠かさない。「デザイン的にはこちらの靴がお好みに近いと思いますが、フィッティング的にはこちらの靴がお勧めですよ」と言葉を添える。結果、ほとんどの場合、デザインよりも足に合った靴が選ばれるのは、顧客が矢代さんの言葉に厚い信頼を寄せているからだろう。
同店の婦人靴の平均単価は2万7000円。売上げは、経済環境が厳しい中、前年並みをキープしている。オリジナルのバッグや、矢代さんが仕入れを担当している婦人服の売上も着実に伸びているという。
 「イタリア・ミラノでの生活を通して、色の組み合わせは勉強になりました。靴だけでなく、バッグや服などトータルでのファッションコーディネイトを強化していきたいですね」と語る矢代さん。直近の夢は、顧客との会話によく出てくるクルーズを体験すること。
 「接客でも商品でも大事なのはこちらからお客様に近づくこと。お客様との距離を縮めたいですね」。

   接客のポイント
  • 客との会話の糸口をつかみ、会話を弾ませるために知識・情報をインプット
  • 顧客との会話シーンを通して、頭の中に顧客データベースを作る
  • 新商品はすべて試しばきし、フィッティングに欠かせないサイズ感をつかむ