今月の記事・ピックアップ 2014・6
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    早稲田大学 人間科学学術院 
人間総合研究センター 招聘研究員
学術博士 吉村眞由美氏

研究成果を子供たちや保護者に還元

 本日お伝えしたいテーマは、「靴に対する2つの新しい考え方」です。一つが「シューエデュケーション」で、正しい靴行動を行うための学校教育・家庭教育・地域教育・職場教育のことです。もう一つが「シューエデュケーター」で、教育のための知識を身につけて実践する人たちのことで、子供に対しては保護者と先生になります。
 私はシューエデュケーションについて、子供を中心に研究を続けています。ポリシーは現場で、成果を子供や保護者、先生たちに還元していくこと。これまで3回、日本学術振興会・(文科省)科学研究費をいただいて研究を進めてきており、現在4つ目の研究計画を立てています。では、これまでどのような研究を経て何がわかってきたのかをご紹介いたします。
 1つ目の研究は、「ドイツに学ぶ靴文化、子供靴選びの実態」ということで、2003〜04年に日本とドイツの子供靴選び事情を現地調査しました。日本の保護者は、質のよい子供靴を売っていないこと、小さな足なのに1pピッチのものしかないこと、靴は健康に影響するのにどこにも情報がないことに不満を感じていました。しかし、一方で「すぐにはけなくなってしまうから、高いお金はかけたくない」という考えもあります。日本の子供靴メーカー側には「2000円の壁」があり、これ以上高いと売れない。そこに、消費者とメーカーの対立、ジレンマが生じています。質のよい靴をつくりたくても売れなければつくれない状況でした。
 2つ目の研究は、06〜08年に行われました。「靴の質を変えられないのなら、せめてサイズだけでも正しい靴を選んでほしい」と考えました。学校検診のときに足を測定してもらえば、正しいサイズを選ぶことができます。ドイツでは子供靴業者によって子供の足のサイズ企画がきめ細かく整備されていますが、日本では1pピッチの商品も多く、幅のバリエーションが不足しています。日本のモデルケースとしては、全学年で足のサイズを測っている国立の中高一貫校がありますが、すべての学校で実施するにはまだまだです。
 3つ目の研究は、08〜10年に行いました。「ではなぜ保護者がお金を出さないのか、教育現場の理解が得られないのはなぜか」を考えました。結局、日本では誰も教育を受けたことがないために、正しい概念がないことが邪魔しているのではないかということに行き着きました。そこで、目標を靴選びと正しい使い方の教育に絞り、保護者、先生、子供自身の三者に向けての教育を推進しています。
 4つ目の研究として、2014年度から数年計画で、次の5つの取り組みをスタートさせています。@幼少期の子供を全国で10万人を目標に選出する A「靴行動調査」を実施して、靴行動の実態を把握しデータ化する B「靴行動の違いによる運動能力の測定」と分析 C「足と靴の健康カード」で家庭を啓発する D正しい靴のはき方のモデル事業の推進 これらを進めることによって、日本における幼少期の靴教育システムの構築を目指します。

サイズの大きな靴の弊害

 日本の子供靴の置かれている現状を見ていきましょう。「CMの巧みな製品が売れる」「友達と同じブランドがいい」「デザイン重視」などの要素が、機能性よりまさっているのが現状です。「子供靴2000円の壁」という言葉が示すとおり、コストパフォーマンス重視であるため、「すぐに小さくなるから」といって大きめのサイズを買う。足にフィットしないのでズルズル歩きになり、早く摩耗してボロボロになってしまう。そして、ちょうどサイズが合うころには靴が傷んでしまうので、また買い替えなくてはならない。これは危険なルーティンです。さらに大きいサイズだと、靴の中で足が動いてしまい、歩きにくいことも問題です。
靴のはき方も間違っています。足を靴に突っ込んで、グリグリとねじ込む。手を使わずにはくために、ベルトはゆるめたまま。そのため、靴はフィットしないゆるゆるの状態ではかれています。事例を紹介しますと、バスケットの部活中に捻挫をした高校生は、靴ひもをゆるめた状態にした上に、足首までひもを通して締めていなかったのが原因でした。巻き爪になってしまった10歳の女の子は、サイズが2・5〜3cmも大きな靴を選び、かかとを踏みつぶした状態で陸上をやっていました。このような現象が、日本の小中学生の間で非常に多く起きているのです。
靴のはき方のルーツを調べるために、名古屋市の60歳以上の高齢者に、「靴のはき方」についてアンケートを行いました。すると、スリッポンの場合「つま先トントン」が50人中48人もいました。「かかとを踏んだまま」という人も4人いました。この傾向はひも靴でも変わらず、「ゆるめに結んでつま先トントン」が13人中5人もいました。72歳の女性は、せっかくファスナーがついている靴なのに、ファスナーは使わずひもをゆるめてはいていました。そのため靴はゆがんで、はき口が広がってしまって、足が不安定な状態になっていました。
写真は、母趾の屈曲変形を起こした小学3年生の足です。「すぐ足が大きくなってしまうから」と、3cmも大きい靴をはかせていました。そのため、足は靴の中で中敷きが削れてしまうほど前後に動き、しっかり踏ん張れない状況でした。こうした足の前すべりは足の疲労やトラブルを誘発してしまいます。2005年、宮城県で悲惨な交通事故がありました。高校の体育行事である長距離歩行の列に、ライトバンが突っ込み、生徒3人が死亡、22人が重軽傷を負うというものでしたが、事故直後の映像を見ると、誰もいない国道に大量の脱げた運動靴が散乱していました。靴が脱げてしまうようなルーズなはき方で事故に遭ったため、被害が拡大してしまったと考えられます。もし靴ひもをしっかり結んでいたら、事故に遭わずにすんだ生徒が何人もいたかもしれないと思うと、胸が痛みます。

サイズ適合と正しいはき方を定着させる

保護者の現状は、何も知らない、知っていてもやらない、知識もあり実行できている、の3つに分けられると思います。日本の靴行動を変えるためのメインターゲットは真ん中の知っていてもやらない人で、この層の意識を変えること、同時に何も知らない人たちの知識を増やしていく予定です。保護者への誘導としては、まず足を測定してもらうことで、靴を買うときに、測定器を使ってとにかく足を測る。測る必要性を、保護者や子供たちに情報提供し、啓発する必要があります。もうひとつが正しい靴のはき方です。販売者の方には、サイズ合わせと同時に親子に教育をしてほしいと思います。健康性、快適性、安全性の3つの要素を訴えかければ、本物志向の時代を生きる保護者の心に響くものがあると思います。保護者にむけ、より付加価値のある商品を、情報をつけて渡すことができれば、信頼できるメーカー、またリテーラーであることを示すことができ、リピーターも増えると思います。
そして、サイズ適合の重要性が定着すれば、正確に足を測る → 大きすぎるサイズを買わなくなる → 年間購入足数が増える → 売上げが向上する → 価格が抑制される、という好循環を生むことになります。お母さんたちは、アンケートに「子供靴が高い」と書いています。「高くて買えない」と必要以上に節約意識を持ってしまう保護者はたくさんいる。数多く売れれば価格は下がる。その状態をつくりたいのです。供給側も売上げ重視主義ではなく、子供靴で健やかな成長を支援するという視点に変えていく必要もあるでしょう。
まとめてみますと、「正しい靴行動」とは、機能性を満たした、サイズに合った靴を選ぶこと、そして正しいはき方をすることです。
日本人の靴に対する概念にも、問題があります。下駄や草履など鼻緒のついたはきものの伝承です。名古屋市でのアンケートによりますと、「よい靴の条件」としましては幅が広い・軽い・手を使わずにはける、などがあげられています。自分の正しい靴サイズの認識も低い。足を計測する習慣がないうえ、サイズが合っていないことに疑問も感じていません。正しい靴の脱ぎはきの仕方の教育も不足しています。
靴教育の実践活動にも力を入れています。紙芝居で「かかとトントンではこうね」と教え、1ヵ月後に定着したかどうかを調べてみました。3歳くらいだと座った状態ではく子供が多いことがわかってきました。5歳児では立ったままはく子供が大多数で、足をねじ込み、つま先トントンではいています。これは日本の保育園、幼稚園、小学校などの下駄箱の構造にも問題があります。縦に6段の入れ場所がある下駄箱に、同じ列の6人が同時に来たら、混みあってちゃんとはきたくてもはけないのです。さらに小学生になると、たくさん荷物も持っていて、手を使うこともできません。環境の整備がもしなければ、靴行動の変容を起こすことは難しいと感じています。

ドイツで見た合理的な靴の買い方

2度にわたり、ドイツ調査も実施しました。1000年以上の既製靴の歴史と文化を持つ国です。04年には子供靴の販売・購入・学校教育、家庭教育について、07年にはサイズシステムと製品開発について、それぞれリサーチしました。
ドイツには子供靴協同組合があり、ここが「WMSシステム」(注)を制定、店頭にステッカーが貼ってあります。靴を選ぶときには最初に足を測定する。靴選びをするのは大人で、子供に選ばせることはしません。ドイツでは小学校に入る前に家庭や幼稚園で正しい靴のはき方と靴ひもの扱い方が教えられ、小学校入学時には靴ひもを結べるようになっているのが一般的です。小学校では革靴のほとんどがWベルトやひも靴で、大人と同じテイストです。日本によくあるキャラクターはありません。幼稚園や小学校では、上段に帽子、中段に服、下段に靴というように一人ひとりの持ち物が縦に並べてあり、ベンチもあって腰かけて靴がはけるような環境が整備されています。
そろそろ、本日のまとめに入りましょう。正しい靴教育を進める上での阻害要因として、以下の5つが挙げられます。@普段の習慣にない行動であること(大人もやっていない新しい習慣を身につけるのは大変です) A面倒くさい(実は1分もかからないのですが) B自分だけ人と違うのはイヤ(日本の横並び教育の弊害) Cまさか自分は大丈夫という思い込み(どんな状態が危険なのかがわからない、目安や判断基準がないので見過ごしてしまう) D意識がないため、関心が持てない(足の健康によいだけでは動機づけが困難)などです。
対策としては、まずサイズ選びの問題を改善していただきたいと考えています。メーカー、卸、小売店(業界団体)を通しての取り組みを行い、靴と消費者を結ぶ販売の現場が靴教育の場となって、保護者に伝えてほしいと考えています。
スマートフォンの普及により、保護者の持つ情報量が格段に増えています。靴業界の皆さまがご自分の会社で、シューエデュケーションに基づいたモノづくりや販売をしているというポジティブ情報をインターネットで発信することで、他社との差別化をはかることができると考えます。また、シューエデュケーションを行うことで、保護者の信頼を獲得することができ、再来店の動機づけともなります。つまり大きめのサイズのデメリットを保護者に知らせ、正確なサイズ選択の支援をし、フィット感が高まることの気持ちよさを子供自身に体感させる。こうしたことを心がけていくことで、「特別な靴屋さん」になること。これが、お互いがWIN−WINの関係になるスタートラインになると思います。

注)ドイツ靴研究所は足調査の 結果、子供靴の場合、各サイズに対して幅がW(広い)・M(中間)・S(細み)の3種類を規定しました。 WMSは幅だけでなく、トウの高さ、爪先余裕の長さ、ボールジョイントの位置も規定しています
(2014年3月26日・台東館)

 シューエデュケーションの商標登録をとった理由
 明治時代初頭、和服と草履の和装文化を培ってきた日本に、洋服と靴の洋装文化が導入されました。その際、靴の持つ文化や生活背景が伝えられることはなく、日本人は草履の代用品として靴を受け入れました。形が違うだけで、はければ良い、歩ければ良いという程度の認識だったものと思われます。そのため、日本では靴に関する学校教育制度が整備されていません。つまり、正しい知識を教わる機会がないため、現在も不適切な靴選びとはき方が伝承され、知らずに足を痛めている日本人が大変多い状態が続いています。
 10年以上の研究の結果、その事実が明らかとなってきました。そこで、日本初の靴の学校教育を立ちあげ、消費者の健康と安全を守る教育を普及したいと考え、取り組みを進めてきました。しかし、活動を続けていこうとした時、困った問題が浮上しました。現在の日本には、「足育」「靴育」「靴保育」などいろいろな業種の人が使い始めた用語や解釈が、数多く情報として発信されています。しかし、中には他人の情報のコピペ≠フ域を出ない、裏付け不足の内容の場合もあり、必要な情報発信を妨げていることも懸念されます。
そこで、信頼するに足る「学校教育のための靴教育」であることを明確に示すため、どうすればよいか考えました。その結果、「シューエデュケーション」「Shoe Education」「シューエデュケーター」「Shoe Educator」の4つの語と定義を特許庁に申請し、許可が下りたことから、商標登録を行いました。それ以降、このRマークを表記することで、私の考案した教育方法が、客観的で科学的な根拠に基づいている内容であることが広く一般に理解され始めています。今後もこの用語を効果的に使用し、日本全国での伝播および定着活動の一助にしたいと考えています。

 
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