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特集 デジタルで変わる、靴づくり
デジタルが変えた業界の“常識”      ジャルフィック 池田正晴

  第49回ISFの特別企画として「デジタルテクノロジーでデザインが変わる、靴が変わる!」というタイトルで、シューズデザインに関するデジタル機器(UVプリンター/3Dプリンター/3Dスキャナー)を一堂に会する企画が実施された。その主旨は第4次産業革命(※)とされる、ITに集約されるデジタルテクノロジーが、シューズのプロダクトにどのような変革をもたらすのかを展望することにあった。

商品カテゴリーに新機軸が加わるか

  デジタル機器を“デザインを支援”するシステムとしてその進化を見極めてみたい。現在は、断片的に個々の機器の有用性が語られているものの、それら機器が持つ機能を連動性の中で掌握し、デザイン環境の革新性として認識するには至っていないのが現状である。シューズデザインの環境の変化に対する展望を持つために見極めるべきポイントは、
●シューズデザインへの意識の変化はどのように起こるのか
●商品のカテゴリーに新機軸が加わるのか
●業界の構造にも変化がもたらされるのではないか
などである。
変革が業界の構造にまで及んだ身近な事例をあげてみると、ここ20年来のデジカメの普及は、現像所という業種を過去のものとし、また、DTPの進展は写植、版下という職域を消滅させてしまった。そのような事象に共通する変革のポイントは、
●「生産」と「消費」の距離が極端に短縮される
●ユーザーがメーカーになってしまう可能性の現実化
●異業種からの参入による市場の活性化
などの状況をつくり出しているという点である。
 この変化は流通構造にも波及し、そして新しい業態が生まれることもその射程距離にいれた基礎認識を持ちたいものである。業態という点では、「KLC craft Lab」(神戸レザークロス)のようにデジタル機器をシェアして、デザインツールとして活用できる工房の出現は、今後広がりを見せることは必至である。





予想されるシューズデザインの変化

  シューズの開発について考えてみると、まず連想されるのがとにかく「開発費が高い」という印象が強いモールド成型品の革新である。複雑な造形のパーツや一体成型のカップソールなどの領域のデザインにとって、3Dプリンターの貢献度は極めて高い。
 従来の靴のプロダクトの常識をこえる造形性を実現した「クロックス」や「メリッサ」などの事例からも、シューズデザインの常識を超えた新しい領域を定着させたのは周知の通りである。ここで注目すべきは、秀逸なブランド戦略も伴うグローバルな展開力と浸透スピードの早さである。
シューズデザインの常識を越えたプロダクトデザインが、具現化されたプロセスにデジタルテクノロジーが果たした役割は大きいはずだ。
 さて、ひるがえって我々の業界が近未来的なデザインを具現化するにあたっての着眼点は、アスレチックシューズの機能性や造形性などの恩恵をカジュアルシューズへと翻訳するということである。そのような視点に立ったときにソールや機能パーツ(トウガード、カウンター、スタビライザー、シューレース、フットベッド)などの開発が決め手となることはいうまでもない。
 そのように点として始まりつつあるデジタルテクノロジーを背景とした開発が、点から線に、そしてやがては面として広がりを見せることは想像に難くない。ここで、近未来に向けたデザインの新しい可能性とはどのようなものか、そのような視点から現状を俯瞰しながら検証してみたい。

シミュレーションがもたらすメリット

 まず、UVプリンター(インクジェット)、レーザーカッターなどは二次元のレベルでカラーコンビネーションや素材開発を支援する。その機能により、商品サンプルや素材を決定する以前の段階において、カラーや柄、サーフェースなどのデザイン効果をシミュレーションすることが可能になる。このデザイン段階でさまざまにアイディアを模索することができるシミュレーション機能は、デジタルテクノロジーを運用する大きなメリットである。
●メリット1: シミュレーションがもたらす色彩効果の革新
カラーに関する“シミュレーションの効能”は、布や革などの素材にプリントする以前にその効果をシミュレーションすることで、デザインの精度を高め、決定までの時間を短縮させる。
●メリット2: シミュレーションがもたらす立体効果の革新
3Dプリンターについていえば、2次元のアイディア段階のデータをダイレクトに3次元化することを可能にする。そこに具現化される“立体としてのリアリティ”により、最終型の検証と修正を行うことができる。また、3次元の造形や表面感のシボや風合いまでをも検証できるのだ。
●メリット3: 試作を省くことによるコストカット
デザインに関わる試行錯誤の段階で試作サンプルは不可欠である。しかし、モックアップやモールドを作製することなく、最終のできあがりに近い状態の出力物で具体的な検証を行うことができ、コスト削減に大きく寄与する。これまでサンプル作製に費やしてきたエネルギーを、デザインの深度化に専念することが可能になる。何より、デザイン進化への期待はますます高まる。

変わるデザイナーの存在感

 デジタルデータにすることの有用性としては、データ化による保管や管理の優位性、そしてインターネットを介することによるグローバル化が挙げられる。このメリットはデジタルテクノロジーの浸透をより加速する要素となる。
・ラストの数値のデータベース化
・顧客のデータ管理によるホスピタリティの向上
・情報データとしての転送=海外の工場へのデータの転送
さらにユーザーの細分化された要望への対応によるカスタマイズの実現を想定してみると、ネット上でユーザーとデジタルラボがつながることにより、従来の枠を超えたメーカーや流通が形成される。すでにナイキをはじめとするアスレチックブランドが行っているように、である。またデザイナーのポジションや求められるスキルにも変化が出てきそうだ。デザイン教育などにも変化が出てくることは必至である。
第4次の産業革命が我々の業界に波及する全体像を念頭に、業界の今後を考えなければならない時代といえる。

(※)第4次の技術革新はロボットや人工知能、そしてITなどを組み合わせることにより実現される、さらに進化したものづくりのシステム全般をいう。ポイントは、大量生産でなく顧客のニーズに合わせカスタマイズした仕様の製品を、少量で生産する工程であってもすべて自動化する点にある