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パネルディスカッション 日本のエコレザーとファッションの可能性
 NPO法人日本皮革技術協会 副理事長 稲次俊敬 氏 
(株)インディード・クラン 代表取締役 狩野博明 氏
(株)ニシノレザー 代表取締役 西野佳伸 氏
(株)ブレイズ 代表取締役 坂口晃司 氏
 西武池袋本店 婦人雑貨部バイヤー 澤 純也 氏
 司会 (株)ジャルフィック 代表取締役 池田正晴 氏


世界と変わらない日本エコレザーの基準

池田 エコレザーについて、ファッションの面から考え、価値を整理してみたいと思います。まず、稲次さん、エコレザーとは何なのかという視点から、説明していただけますか。
稲次 現在、フランスのパリでCOP(コップ)21が開催され、環境問題やCO2の排出削減問題が話し合われていますが、正に日本エコレザー基準はこの延長線上にあります。ちょうど10年前に環境会議COP21の前身である京都議定書が策定されたとき、この流れに沿って日本エコレザーの基準が設定されました。これまでに認定されたのは、革と革製品を合わせて570件くらいあります。
 先日、兵庫のたつのレザーフェアに行った際に、ある会社の社長にお会いしました。2年前に30名ほどを引率して、見学に行ったことのある工場の社長だったのですが、そのときは見学日に「景気が悪く、仕事がないので希望する日に工場が稼働しているかどうかわからない」と言われたものでした。その際に、「日本エコレザーの認証を取得してみませんか?」と勧め、製品を4種類預かってきて分析を行ったところ、いずれも基準値をクリアし、日本エコレザー基準の認定が取れたのです。これが起爆剤になってここ2年ばかり仕事の切れることがなく、原皮が間に合わないくらい増産に増産を続けています、とうれしい悲鳴を上げていますとお礼を言われてしまいました。今日は、そんないい話もあるとお伝えしたくてまいりました。
池田 決め手となったのは何でしょうか。
稲次 このエコレザーの認証取得によって企業名が公表されます。その結果、トレーサビリティが取れ、環境に配慮した、技術力の高い企業の革という証になったのではないでしょうか。
池田 世界的に見て、例えばドイツの基準と比べて、日本の基準はどういうレベルにありますか。また、各産地の足並みはそろっているのでしょうか。
稲次 世界基準と変わらないレベルにあると思ってください。ただ、染色堅ろう度(色落ち)は市場革の現状調査の結果から若干低く設定されています。産地の足並みについては、様々な課題もあります。ただ、埼玉県では3つの組合があり、これらが連携して「レザータウン草加プロジェクト」を立ち上げてエコレザーを推進しています。埼玉県産のブランド牛でものづくりを推進し、販売まで行っています。残念ながら、姫路、奈良、和歌山などではそういう取り組みは聞いていません。

タンナーとして安心・安全な革をつくる

池田 西野さんはピッグスキンを中心として、タンナーのお仕事をなさっています。東京の事情を説明していただけますか。
西野 墨田区にはピッグスキンのタンナーは十数社あり、その半数がエコレザーをつくっています。残りのタンナーも、安心・安全な革を製造しています。お客さまに「エコレザーと普通の革とどう違うの?」と聞かれると、答えるのが難しい。申請しているかどうかの違いだけで、墨田のほとんどのタンナーはエコレザー基準をクリアしています。
 ピッグスキンの用途は、70%が靴のライニング材(裏材)。アッパー用では型押しやプリントが多くなります。エコレザーとひと口にいいますが、クロムフリー(クロムを使っていない)も立派なエコレザー。クロムのことを重金属という方もいますが、そう体に悪いものでもありません。ライニング用途では、タンニンなめしのみでは滑ってしまいますのでクロムを使いますが、クロムの使用量を極力少なくすれば対応はできると思います。お客様とどのようなエコレザーがいいのか、話し合う必要はあるでしょう。現状でも十分満足のいくものが供給できます。ピッグスキンだけでなくその他の動物の革全体についてもいえることだと思います。
 設備的にも問題はなく、薬品も安心・安全なものが多くなっています。これらをうまく選んで使えば、さまざまな加工ができます。
池田 日本で最初にミカムに出展した坂口さんは、カメラマンから転じて靴のデザイナーになりました。もともと業界のデザイナーではなかった方です。シューズをデザインの視点ご覧になってきたお立場からエコレザーについてのご意見を頂けますか。
坂口 靴に惹かれて、この業界にたどり着いたのです。逆にお聞きしたいのですが、先ほど570の認証件数があるといわれましたが、靴はそのうち何件くらいなのですか。
稲次 靴はまだ1件です。因みに、製品ですと日本エコレザーを60%以上使っているものにはエコレザーマークをつけていいと認めています。
坂口 2年前、合同展で日本エコレザーを知りましたが、それまではそうとは知らずに使っていました。いろいろな表情の革があるのを知らず、たまたま出会った革が日本エコレザーの認証を取得した革だったのです。エコレザーは、ゴージャスな靴にも使えます。ある小売店様とコラボで私のコレクションのフェアを開催しており、2日間に100足くらい売れますが、そのうち、10%近くの靴にエコの素材を使っています。「エコ」という言葉に反応する人は多いです。
池田 以前に、ピッグスキンでしたが赤ちゃん用の靴に使われ、「なめても大丈夫」というエコレザーを見せてもらったことがあります。
坂口 僕のお客様で若いお母さんがお子さんを連れていらっしゃいます。そこで、「この靴がどれだけあなたに似合っているか、さらにエコロジーの観点からも優れている」と丁寧に説明しています。エコレザーの良さを親から子供に伝えていってほしいものです。

世界的なブランドもエコに目を向けている

池田 最終的な浸透化の決め手は消費の王道である百貨店に、日本エコレザーが認知されることが要諦ですよね。また店頭でのプロモーションなどにもお力添えしていただけるとありがたいです。澤さんは西武池袋本店の婦人雑貨部のバイヤーでいらっしゃいます。ファッション雑貨にはグローバルな商材が多々ありますが、その中で、エコロジーに力点が置かれたブランドにはどんなものがありますか。
 靴ではエコレザーの話題は少ないです。ラグジュアリーブランドの大手では、グッチやサンローラン、などが企業イメージとしてサステイィナブルに取り組んでいます。このほか、ステラ・マッカートニーも毛皮ではあえてフェイクを使っています。セルジオ・ロッシ、グッチなどはエコレザーを使ったバッグをつくっていますし、エコロジーを企業イメージにするという、グループとしての強い意思があると思います。
池田 狩野さんは、これまでバッグの企画から販売までを手掛けていらっしゃいましたね。そのほか、イッセイ・ミヤケなどのブランドも。その観点からどうお考えになりますか。
狩野 日本エコレザー基準値を初めて見ましたが、なかなか伝わってきません。数字はが差別化にはつながらないと思います。製品であれば、春夏、秋冬とシーズンがあり、カラーがあります。それぞれのカラーでエコレザーの認定を取るのはコストの問題もありますから、展示会のコレクションでなかなかそこまで行きつくことができません。エコレザーでは、「日本の鹿革」に出会いましたが、カバンづくりでは、やはりデザインの方に目が向いてしまいます。しかしながら、今後、これに取り組んでいかないとメイド・イン・ジャパンのバッグがつくりあげられないということもわかっています。

プロモーションこそ最重要課題

池田 日本エコレザーでイメージされるプロモーション(販促)には、どういうものがありますか。イタリアのトスカーナ地方のなめし団体は基本的にヌメ革を生産していますが、日本でのプロモーションは今年で5回目。少しずつ素材の味や内容もわかり、「使ってみようか」と前向きに検討されるようになってきました。
稲次 トスカーナに負けず劣らず、日本エコレザーをPRしなくては、浸透していきません。今、日本人は自信を無くしていると思います。しかし、日本は外から見れば、非常に信頼性の高い国であることを、我々は現在目の当たりにしています。その理由は次のとおりです。先人のお陰で日本製というと自動車や電化製品に代表されるように品質が高く故障が非常に少なくて、かつ安心・安全であるということが、海外で大きく信頼されている理由です。最近では、日本流行語大賞にも選ばれましたが「爆買い」現象があります。粉ミルク、化粧品や医薬品など身の回り品を始め電化製品では電気釜等を海外から大量に買いに来ています。この日本製の信頼性の高さを利用しない手はないと思います。ビジネスチャンスです。今こそ、日本製のエコレザーのアピールにお金をかけるべき時でしょう。池田さんが言われたように、イタリアは毎年継続的にプロモーションを行っています。エコロジーが叫ばれる時代である今こそ、先行投資が必要であると思います。
西野 日本エコレザーはタンナーとして推進していくべきことですが、当社から素材提案してもうまくいきません。取引先と一緒につくったもの、育てたものが広がっていくと思うのです。そういう革はその取引先にしか出さない。タンナーと組んでつくってみると、「エコレザーとはこういうものか」と理解していただけると思うのです。
池田 澤さん、日本のエコレザーの拡大に向けた観点、はどこにあると思いわれますか。
 エコレザーのアイテムを購入される顧客は、百貨店にも多くご来店されるような方々です。こだわりが強く、「自分が社会に貢献している」ことにお金を払う。そういう経済力をお持ちの方々です。でも、「エコだから売れる」というのではありません。「このデザインがいい、カラーがいい」から始まり、かつ「環境に優しい」という説明が入ってくるとなおさらいいんですね。お客さまには、自分の「ほしい」ものが「なぜほしいか」という理由づけが必要なのです。日本エコレザーの新しいイベントを打ち出していけば、認知度が上がっていくと思います。
狩野 地球環境的にも、マーケティングテーマとしてもエコレザーの重要性はわかるのですが、ユーザーとターゲットを決めてうまく持って行かないと、ただ価格が上がってしまうだけになってしまいます。そこで、提案ですがものづくりとして一番難しいものを、エコレザーでつくってみてはどうでしょうか。その素材自体が同時に価値になります。世界でもできないものにチャレンジすることが、浸透のきっかけになるのではないでしょうか。

「エコレザーだから」という限界をつくらない

池田 では最後に、エコレザーに対しての期待という意味で一言ずつお願いします。
 インバウンドのニーズを除けば、百貨店の販売状況は厳しいです。店舗にいるバイヤーとして、お客さまのニーズを聞いていますが、多種多様です。
 大切なのは、「エコレザーだから」という限界をつくらないことです。クリエーターがこの革を使いたいという、素材感で差を出したいと考える、などから発展していけばいいと思います。「エコレザーはこれで限界」というと、そこで終わってしまう。素材感、風合いがよく、使ってみたいものが結果としてエコレザーということであれば、お客さまへのセールストークも生まれてきます。
坂口 エコレザーというテーマに、オーガニックコットンとのコラボレートなど、プラスした何かが必要ですはないでしょうか。PRもとても大切。アッパーだけでなく先芯やカウンターもエコレザーにし、すべてエコレザーで靴をつくったらどうなるかを検証したい。「ここまでできる」ということをやってみたいです。
狩野 現状として認定されている素材も多くあります。ピッグスキン、カウハイドなど、特徴のある革を見ながらディスカッションできる、このような場があればいいと思います。
西野 革をつくる側からいうと、今後エコレザーはどうしてもつくっていかなくてはいけないものです。さまざまな道がありますが、うまく皆さんとともに連携してやっていけたらと思います。墨田ではピッグスキンを扱うタンナーが以前は70社近くあったのですが、現状は10数社に減ってしまいました。日々、組合の中で「何か違うものをつくろう」と言っています。どんな革でもエコレザーにできるし、その商品への応用範囲は広いと思います。
稲次 タンナーの側からではなく、消費サイド、販売、ものづくりの側から提案しないと、エコレザーは普及していかないでしょう。かつて、SONYは終戦後アメリカにおいてその機能性の高さからSONY製のトランジスターラジオを購入するときに「ソニーありますか?」とラジオの代名詞として呼ばれるまでになりました。この事例のように、日本製の革製品が「エコレザーありますか?」と呼ばれるようになればこんな嬉しいことはありません。日本の製品が安全・安心であることを印象付けているように、日本で生産されるすべての革を日本エコレザー基準認証取得の革にしてほしいと切に願っています。